日本人が不安を感じやすいのはS型遺伝子と“超巨大災害”がつくった国民性

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更新日:2026/01/14

「気をつかいすぎて疲れる」

「空気を読みすぎてしんどい」

「慎重すぎる自分が嫌になる」

こうした“生きづらさ”を感じる人は、日本では珍しくありません。

もちろん個人差はありますが、日本人には不安や慎重さが強く出やすい傾向があると指摘されています。

“日本人特有の不安感”は、個人の性格や教育だけでは説明できません。

日本人はなぜ、こんなにも不安を感じるのか

その背景には、「遺伝的な特徴」「災害の多い環境」「歴史的な社会構造」、この3つが深く関わっている可能性があります。

この記事では、縄文から現代までの“1万年スケール”で、日本人の不安の正体をわかりやすく解き明かしていきます。

自分の性格を知るうえで何かの参考になれば幸いです。

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そもそも日本人のルーツは?

日本列島に最初にやってきた人々は、海を越えて島々を渡りながら到達した“航海民”だったと考えられています。

①縄文人の祖先集団は、2万~1万5000年前に大陸の集団から分かれて渡来。

②そして弥生時代には北東アジアに起源をもつ集団が

③また古墳時代には東アジアの集団が

それぞれ渡来してその度に混血があったと推定されています。

現代の日本人は大陸から渡ってきた3つの集団を祖先に持つことが全ゲノム解析で明らかになっています。

系統名称主な特徴
K1沖縄系遺伝クラスター縄文系祖先比率が28.5%と全国最高
K2東北系遺伝クラスター縄文+北東アジア系の混合が強い
(韓国三国時代人と遺伝的に近い)
K3関西系遺伝クラスター縄文系祖先の比率が最も低く、
東アジア系(漢民族との親和性が高い)+(弥生・古墳期渡来系)が強い

K1・K2・K3 は「縄文・弥生・古墳期の3つの祖先成分」が地域ごとに異なる比率で残った結果と理解するとわかりやすいです。

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日本人の不安体質はたまたまではない?

「心が弱いから」「教育のせい」と片づけられがちなこのテーマには、実は 日本人の遺伝と日本列島の“地理的宿命” 、さらに日本の歴史が深く関わっている可能性があります。

日本人が不安を感じやすいのは、決して“性格の弱さ”ではありません。

  • 日本人は遺伝的に敏感さを持つ人が多い
  • 世界でもまれな災害列島で生き抜いてきた
  • 歴史の中で「空気を読む文化」が強化された

この3つが重なって形成され、長い時間をかけて育まれた日本人特有の気質です。

つまり、日本人の慎重さや協調性、不安体質は“偶然”ではなく、は、この国で生き残るために必要だった“生存戦略”の名残でもあります。

言い換えれば、日本人の気質は災害列島で生き抜くための“必然”だった。

① 遺伝:日本人に多い「敏感さの傾向」

日本人に多い「S型遺伝子(5-HTTLPR)」

S型遺伝子(5-HTTLPRのSアレル)とは、セロトニントランスポーター遺伝子 (SLC6A4) の多型の一種で、「S(Short、短い)」型を指し、セロトニンの再取り込み(回収)を調節する働きがL型(ロング)に比べて弱く、ストレスや環境変化に敏感なタイプの遺伝子とされています。

欧米では L 型が多く、東アジアでは S 型が圧倒的に多いことが多くの研究で示されています。

日本人は世界でも S 型の割合が高い集団であると言えます。

S型は“環境に敏感で、危険察知能力が高い”タイプであり、敏感に危険を察知するということは、
脳が「危険かもしれない」と反応しやすいということ。

結果として不安が強く出やすいことが特徴です。

つまり、慎重・警戒・空気を読む・周囲を観察するといった行動は、S型遺伝子の特性が表に出ているだけとも考えられます。

D‑M55(縄文系Y染色体)

D‑M55 は、日本列島の縄文人に多かったとされる Y染色体ハプログループ(父系遺伝の系統)です。

簡単に言うと「日本列島で数万年生きてきた縄文系男性の遺伝的なルーツ」を示す指標のひとつ。

約 3.5〜4万年前 に日本列島で成立したと考えられ、日本列島の“先住系統”(縄文系)を代表する遺伝子と言えます。

現代日本人男性の約30〜40%に見られ(アイヌ人には80%以上)、縄文系の血統が強く残る地域ほど、D‑M55 の割合が高いとされています。

D‑M55そのものが「不安を生む遺伝子」ではありません。

ポイントは、D‑M55を多く持つ縄文系集団が“どんな環境で進化したか” が重要です。

災害が多い環境では、敏感・慎重・協調的な性質が生存に有利だったため、その傾向を持つ集団が長く生き残った可能性があります。

言い換えれば、災害の多い環境で生き残るために“敏感・慎重”な傾向が強化されたとも言えます。

②災害列島で生き残るための「敏感さ」が必要だった

日本史の授業でもあまり取り上げられませんが、縄文人は世界でも稀に見る“極端な自然環境”で暮らしていました。

その環境は現代日本でも当てはまります。

約7300年前:鬼界カルデラの超巨大噴火(VEI7)

最も新しい超巨大噴火が7300年前の縄文時代に「鬼界カルデラ」で起きました。

過去1万年で世界最大規模の噴火です。

大きな津波が発生して火砕流が海をわたり、鹿児島県南部の薩摩半島や大隅半島を襲い、九州南部の広範囲にわたって縄文人たちの生活を壊滅させたと考えられます。

さらに火山灰が成層圏に達し、偏西風に運ばれて東北地方南部にも降り積もったことが確認されています。

巨大地震の連続

2011年3月11日に三陸沖の深さ24kmでM9.0の地震(最大震度7)が発生したことは記憶に新しいところですが、縄文時代の地層からは、東日本大震災と同規模の巨大津波の痕跡が複数見つかっています。

津波で沿岸集落は何度も消滅したようです。

869年の貞観地震、1923年の関東大震災、そして2011年の東北地方太平洋沖地震へと続く巨大地震のサイクルは、実は縄文時代から途切れることなく続いています。

つまり、日本人は長い歴史の中で「災害がいつ起きてもおかしくない世界」で生き続けてきた民族なのです。

こうした環境では、

  • 小さな異変に敏感
  • 危険を察知
  • 慎重に行動
  • 集団で協力
  • 空気を読む

こうした性質を持つ人ほど生き残りやすかったと考えられます。

③ 現代まで続く社会構造:「空気を読む文化」

弥生時代に稲作が広がると、水管理や季節ごとの作業をみんなで進める必要がありました。

ここで必要とされたのは、共同体の和を乱さない行動。

そのため、自然と 「まわりの様子を感じ取る」「役割を守る」「協力して動く」 といった振る舞いが大切になっていきます。

江戸時代になると、地域のつながりはさらに強まり、「五人組・連帯責任・村八分」と言った村社会(共同体)の秩序を守るため、あるいは、お互いに助け合いながら暮らすための仕組みが整えられました。

そこでは、周囲との調和を大切にする感覚が生活の中に深く根づいていきます。

制度としては明治で大きく変わりましたが、家族や地域のつながりは昭和の中頃までしっかり残り、「周りの人の気持ちを考える」「場の空気を読む」といった価値観は、形を変えながら現代にも受け継がれています。

こうした歴史の流れが、日本人の「空気を読む」感覚を育ててきたと言えます。

まとめ:日本人の不安気質は「歴史の必然」

日本人の不安気質について紹介しました。

日本人が不安を感じやすいのは、

  • 遺伝的に「環境に敏感な人」が多い
  • 歴史的に「災害が多い土地で生き残るための適応」が必要だった
  • 文化的に「空気を読む」ことが重視される

この三つが重なった結果です。

つまり、あなたが不安を感じやすいのは、あなたが弱いからではなく、1万年以上かけて形成された“生存戦略”の結果 です。

この視点を持つだけで、“不安=悪いもの” という思い込みから解放され、自分を責めずにどう向き合うかを考える余裕が生まれるはず。

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記事を書いた人 文貴(fumitaka)
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・ブロガー:2021年9月〜

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