
更新日:2026/05/19
2026年5月17日(日)早朝種子島西之表港着岸。
6日目の種子島は、まったく異なる三つの“音”が印象に残る一日でした。
宇宙開発の最前線・種子島宇宙センターを巡ってロケットのスケールを体感し、火縄銃の試射では鋭い発射音に思わず身が固まるほどの迫力。
そのあとに響いた太鼓の温かいリズムが胸を打つ。
日本の歴史と未来、そして島の文化が一度に味わえる寄港地観光となりました。
7:00 朝食

8時からの寄港地観光ツアーに備え、朝7時から朝食。
やっぱり所要時間はいつもと変わらず。
7:45朝食を終え、一旦客室へ。
午前8時岸壁前バス集合で、バスには10分前から乗車可能。
5分前ぐらいにバスに乗車したらほぼ満席で空いてた後方の座席に座る。
8:00種子島宇宙センター特別見学
| 日付 | 2026/05/17 |
| 旅行代金(お一人様) | 税込11,000円 |
| 募集予定人数 | 70人 |
| 見学場所 | ロケットの丘展望所、種子島宇宙センター |
専門スタッフの案内で、通常は立ち入ることのできない種子島宇宙センターのロケットガレージと総合司令棟の特別見学へ。
種子島宇宙センター

種子島宇宙センターは、総面積約970万平方メートルにもおよぶ日本最大のロケット発射場。
実に東京ディズニーランド(TDL)の約19倍の広さを誇る。
また鹿児島の南、種子島東南端の海岸線に面しており「世界一美しいロケット発射場」といわれています。
総合司令塔

ロケット打ち上げの頭脳となる施設です。
全ての決定はここで行われます。
総合司令塔は写真撮影禁止区域のため、写真撮影不可。
※画像はホームページより
ロケットガレージ

ロケットガレージには、H-IIロケット7号機の実物をはじめとしたロケットの部品が展示されています。
この機体は打ち上げられることなくその役目を終え、一般見学ツアーにて見ることが可能です。
宇宙科学技術館
ここではロケット打ち上げの実際の音を体験できます。
おすすめはお土産コーナー。
宇宙食
鉄砲伝来と若狭物語
帰りのバスで、ガイドさんが教えてくれた話。
天文12年(1543年)8月、種子島に南蛮船が漂着し、日本に鉄砲が伝来する。
種子島氏第14代当主・種子島時尭(ときたか)はポルトガル人から2挺の火縄銃を2,000両で購入し、射撃術を習った。
時尭は家臣の篠川小四郎に火薬の調合と製法を、刀鍛冶の八板金兵衛清定(やいたきんべえきよさだ)に鉄砲製作を命じた。
鉄砲を国産化する際に最も難しかったのが、銃身の後ろを塞ぐ尾栓(びせん)に必要な“ネジを切る技術”でした。
この技術は当時の日本にはなく、ポルトガル側が持っていた高度な技術でした。
八板家系図には、八板金兵衛清定の娘「若狭(わかさ)」がポルトガル人フランシスコ(牟良叔舎)に嫁いだ
と記録されています。
この記録と鉄砲国産化で最大の難関だったネジ技術が結びつき、「技術を得るために娘を嫁がせたのでは?」
という“物語化”が後世に生まれ、現在の「若狭物語」として語られるようになったと考えられています。
ネット検索した限りでは、
若狭という人物は「実在した可能性はあるが、確証はない」。
若狭物語は後世の創作である可能性が極めて高い。
と言うのが結論です。
昼食


セットメニューは魚介と安納芋の天麩羅。
デザートはマンゴープリン。
お米は石川県産コシヒカリ。
散策

西之表港日ポみなと公園では「てとひと。marche」が開催されていて、散策。
岸壁にも出店があり、お土産購入しました(^^)
種子島出航


飛鳥Ⅲの出港に合わせ、種子島火縄銃保存会による試射が披露された。
初めて火縄銃の発射音を聞いたけど、空気を引き裂くような大轟音に驚愕(@_@)
飛鳥Ⅲが岸壁を離れ、いつまでも響く子ども達の太鼓も良かった。
夕食(ノブレス)






前回食べて美味しかった「ノブレス」の予約が取れたので再度出かけました。
コースの内容は前回と変わってないので、好きな物だけオーダーしました。
ここのバターは美味しいです。
前菜 グリーンアスパラガスのムースリーヌ サヨリ 雲丹
21:00 ミュージックタイム ピアノ

5デッキアスカプラザではピアノの生演奏も。
種子島まとめ
2026年5月17日(日)、種子島で寄港地観光ツアーに参加。
種子島宇宙センターは行ってみたかった場所。
その広さと美しさに圧倒される。
次回はぜひH3ロケットの打ち上げを見たい。
宇宙開発の最前線、鉄砲伝来の歴史、そして島の文化。
この三つが一日で体験できるのは、種子島ならではの魅力です。
短い寄港時間でも、“未来と歴史が同じ島で交差する”そんな印象深い一日となりました。




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