
更新日:2026/05/25
2026年5月23日(土)午前8時、飛鳥Ⅲは長崎港松が枝国際ターミナル入港。
23日間の日本一周クルーズもいよいよ折り返し。
長崎に寄港したDay12は、世界遺産・軍艦島へ向かう上陸ツアーに参加。
海に浮かぶ廃墟の島を歩きながら、日本の近代化を支えた炭鉱の歴史と当時の暮らしの気配に触れる一日となった。
チンドン屋

長崎港着岸前からチンドン屋さん「かわち家」が賑やかにお出迎え。
朝食


卵料理は目玉焼き。
今日のトーストはジャムのみが添えられていた。
これまでの朝食を振り返ると、ジャムは毎回付く一方で、バターが付いてきたのは1回だけ。
おそらく”ジャムだけ付く”のがデフォルト(基本仕様)か。
バターはスタッフが気を利かせて添えてくれた、あくまで例外だったようだ。
長崎寄港地観光ツアー
長崎の寄港地観光ツアーは「軍艦島を訪ねて」。
2015年7月に世界遺産登録された軍艦島(端島)には行ったことがなかったので今回ツアーに参加。
軍艦島(端島)
端島(はしま)は、岩礁の周りを埋め立てて造られた人工の島。
岸壁が島全体を囲い、高層鉄筋コンクリートが立ち並ぶその外観が軍艦「土佐」に似ていることから「軍艦島」と呼ばれるようになった。
1916年、日本初の鉄筋コンクリート高層アパート(7階建て)が建設され、島内には小中学校や病院などを完備、映画館やパチンコホールなどの娯楽施設もあり生活の全てを島内で賄うことができたそうです。
最盛期の1960年には約5300人もの人が住み、当時の都市部と比較しても世界一の人工密度の島だった。
1974年(昭和49年)1月15日、端島炭鉱が閉山。
4月20日には最後の島民が退去し、無人島となる。
2009年に島南部に上陸用の見学通路が整備され、これを利用した上陸ツアーがスタートしました。
軍艦島上陸ツアー

飛鳥Ⅲの着岸した場所から軍艦島上陸ツアーの乗り場までは徒歩約500m。
観光船「ジュピター」に乗り込み、ツアー開始。
長崎港内をゆっくり進み、造船所や港湾施設を眺めながら、ガイドさんの説明を聞く。
中でも目を引くのが「三菱重工長崎造船所」の「ジャイアント・カンチレバークレーン」。
1909年に完成した日本初の電動大型クレーンであり、現在も現役で稼働する貴重な産業遺産です。
港を抜け外海へ出ると、船は一路軍艦島(端島)へ。
島が近づくにつれ、廃墟となった高層アパート群がはっきりと見え、輪郭が浮かび上がる。
写真撮影のため、船はゆっくり周囲を回りながら建物の構造や歴史について詳しい説明が続く。
軍艦島第1見学広場

ドルフィン桟橋を渡り、いよいよ軍艦島上陸。
ガイドの説明を聞きながら、第一見学広場、第二見学広場、第三見学広場を順に歩く。
軍艦島第2見学広場

正面に見えている赤レンガの建物はかつての総合事務所。
中には炭鉱マンのための共同浴場等があり、最初の浴場で大雑把に粉塵を洗い流し、その後本浴場に入っていたという。
浴槽の湯はいつも真っ黒だったそう。
軍艦島第3見学広場

写真正面にあるのが、大正5(1916)年に建てられた7階建ての30号棟アパート。
築110年。
日本初の鉄筋コンクリート造の高層アパートが東京より先に離島に作られたことがにわかに信じがたい。
さらに台風の時は波が建物の最上階まで届いたと言う。(その様子を写した証拠写真あり)
建物は崩落が進んでいるが、ガイドの説明や当時の写真を見ると「最盛期ここに5,300人もの人々が暮らしていた」という事実が重く響く。
軍艦島は単なる観光地ではなく、日本の近代化を支えた歴史そのものだと実感。
興味は尽きないが、時間は限られており、軍艦島を後にした。
ガイドさんの解説は、軍艦島に限らず、トーマス・グラバー(1838〜1911)を含め多岐にわたる。
グラバーは「近代日本の立役者はこの人ではないか」と思えるほど多くの実績を残している。
海に眠るダイヤモンド
軍艦島と言えばおすすめは「海に眠るダイヤモンド」。
神木隆之介主演!
昭和に石炭産業で躍進した長崎県・端島と現代の東京を舞台にした70年にわたる愛と友情と青春、家族の壮大なヒューマンラブエンターテインメント!
長崎が三菱の本拠地になった理由
三菱の源流は、1870年に岩崎弥太郎(いわさきやたろう)が創業した海運会社「九十九商会」。
この小さな海運業が、後に日本最大級の企業群へと発展していく。
三菱の歴史を語るうえで欠かせないのが、「なぜ三菱は長崎を中心に発展したのか」 という点。
その理由は大きく3つに整理できる。
① 海運に最適な国際港だった
明治初期、外国船が出入りし、造船・修繕・貿易の拠点として機能していたのが 長崎港。
弥太郎が海運で勝負するなら、長崎は最も合理的な拠点 だった。
② 長崎造船所を引き継いだことが三菱の飛躍に
1871年、明治政府が運営していた「長崎造船所」を三菱が引き継ぐ。
これが三菱の巨大成長の決定打となる。
ここから三菱は造船・機械・兵器・発電設備などの重工業へと一気に拡大し、長崎造船所は三菱重工の“心臓部” となった。
③ 軍艦島(端島)の石炭が三菱の海運・造船を支えた
三菱は1890年に端島炭鉱を買収。
ここで採れる高品質の石炭は、
・三菱の汽船
・三菱の造船所
・日本の近代工業
これらを動かす エネルギー源そのもの だった。
つまり、軍艦島の石炭 → 三菱海運 → 三菱造船 → 三菱重工という一本の線でつながっている。
昼食(エムスガーデン)

軍艦島上陸ツアーを終えた後は、徒歩で飛鳥Ⅲへ戻る。
フォーシーズン・ダイニングルームLOの時間を過ぎているたので、11デッキ「エムスガーデン」へ。




一番美味しかったのが三元豚のロースト。
17:00 アスカジャズバンドショー
6デッキリュミエールシアターにて。
ジャズもあんまり好みではないけれど、せっかくなので出かけた。
夕食(グリルレストランパペンブルグ)



夕食は予約が取れたグリルレストランパペンブルグへ。
前回食べなかった分を中心に注文。
食べた中で一番のおすすめは「黒毛和牛のミスジ」。
19:30 ミュージックタイム ポップスバンド

5デッキアスカプラザで行われたミュージックタイム。
ジャズとかに比べたらポップスの方が馴染みやすい。
5/23まとめ

2026年5月23日(土)、飛鳥Ⅲは長崎に寄港。
寄港地観光ツアーにて軍艦島に上陸。
現地を歩き、実際の風景を目にすることで、軍艦島という歴史が持つ重みを実感した一日だった。
長崎の夜景は、2021年に「世界新三大夜景」に再認定され、モナコ、上海と並び世界を代表する夜景として知られています。
長崎訪問の際は、「軍艦島」だけでなく夜景もお楽しみください。




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