
更新日:2023/06/01
あなたは博多の三大祭りを御存知ですか。
博多の三大祭りと言えば、
・5月に行われた「博多どんたく港まつり」
・7月に行われる「博多祇園山笠」
・9月に行われる「筥崎宮放生会」ですよね。
福岡の街に夏の訪れを告げる「博多祇園山笠」は、毎年7月1日~7月15日と決まっていて
今年(2023年)も7月1日(土)から始まります。
「博多どんたく」の主催は「福岡市民の祭り振興会」で福岡市も入っています。
どんたくは誰でも参加可能ですが、山笠は博多部の「奉納行事」であり、
地元住民以外の参加はかなりハードルが高い。
飾り山笠は7月1日から一斉に公開され、行事のクライマックスは7月15日「追い山笠」。
山笠観たい人はぜひこの期間においでください。

博多祇園山笠って何?

櫛田神社の奉納行事だよ。
博多祇園山笠概要

博多の総鎮守・櫛田神社の奉納行事。
博多の人々によって伝統的に守り伝えられた町内行事で
780年以上の伝統を誇り、「国の重要無形民俗文化財」に指定されている。
2016年12月ユネスコ無形文化遺産に登録された。
山笠の起源
博多祇園山笠の起源については諸説ありますが、
鎌倉時代の仁治2年(1241年)、博多(津)で疫病が流行した際、
承天寺(博多区)の開祖・聖一国師が疫病退散を願い、
人々の担ぐ施餓鬼棚(せがきだな)に乗って
祈祷(きとう)水をまいて清めたことに由来する、という説がよく知られています。
のちに神仏混交の時代となり、疫病・災害の除去を願う祇園信仰と結びつき、
櫛田神社の奉納神事となって今日に至る。

博多祇園山笠どんな行事?
疫病退散祈願で始まり780年以上続く博多祇園山笠。
中でも舁き山笠(かきやま)は七つの流の男たちが法被に締め込み姿で、
人形師たちが競って制作した博多人形を飾り付けた山笠(重さ約1トン)を、
次々と舁き手が交代しながら博多の街を疾走する勇壮な行事。
クライマックスの追い山笠には例年7千~1万人が参加し、
櫛田神社(福岡市博多区)の清道を回る「櫛田入り」を披露した後、
博多の町を舁きまわる。
今年(2023年)の山笠番付
一番山笠 土居流
二番山笠 大黒流
三番山笠 東流
四番山笠 中洲流
五番山笠 西流
六番山笠 千代流
七番山笠 恵比須流 の順です。
飾り山笠は、
八番山笠 上川端通、
九番山笠 天神一丁目、
十番山笠 渡辺通一丁目、
十一番山笠 福岡ドーム、
十二番山笠 博多駅商店連合会、
十三番山笠 キャナルシティ博多、
十四番山笠 川端中央街、
十五番山笠 ソラリア、
十六番山笠 新天町、
十七番山笠 博多リバレイン です。
博多祇園山笠 “静”と“動”
市内各所に設置された山笠を観て楽しむ“静”の「飾り山笠」
博多祇園山笠は7月1日から開幕し、
まずは博多部を中心に「飾り山笠」が公開されます。
1日から9日までの間はいわゆる「静の期間」で、山笠が走ることはありません。
この期間は絢爛豪華な飾り山笠を見物しながら博多の街を散策するのがおすすめ。
人通りの多い繁華街や商店街の飾り山周辺には賑やかな出店なども立ち並び、
お祭りムードを盛り上げてくれます。
飾り山笠が公開されるのは、7月1日(土)朝から7月15日(土)未明まで
市内各所で公開されます。
町中を走る“動”の「舁(か)き山笠」
「追い山笠」に代表される“動”の「舁き山笠」。
一般的な祭りでは、「神輿を担ぐ」といいますが、
博多では「山笠を舁く」と言います。
舁き山笠が動き出すのは、7月10日(月)の流舁きからです。
現在の山笠の基となっている「流(ながれ)」は、
豊臣秀吉による天正15年(1587年)の「太閣町割り」が起源と言われる
博多のまちの自治組織のことです。
現在も「七流(しちながれ)」と呼ばれる
千代流・恵比須流・土居流・大黒流 ・東流・中洲流・西流に受け継がれています。
「舁き山笠」は7つの流ごとに1基作られます。
どちらも山笠の土台である「山笠台」は
釘を一本を使わず麻縄と部材のみで組み上げられています。
流れ構成地図

恵比須流

土井流

大黒流

東流


中洲流


西流

千代流

山笠に参加するには?
本来、博多祗園山笠は博多部の「奉納行事」であり、参加は「町」単位となるため、
地元住民以外の参加は原則として認められていません。
つまりその流の地域に住むことです。
しかし多くの人にとって現実的ではありません。
もう一つの方法は、山笠関係者から紹介を受ける事です。
もちろんそれぞれの流によりますが、
紹介者が受入する方の責任を持つ事を最低条件として
その他の規定をクリアすれば受け入れ可能な流もあるようです。
山笠マップ


2022年舁き山笠・飾り山笠標題
番 | 流(ながれ) | 種 別 | 標 題 | 読 み | 人形師 |
一 | 恵比須流 | 舁き山笠 | 我誓「博多総鎮守」 | わがちかい「はかたそうちんじゅ」 | 人形司武平 |
二 | 土居流 | 舁き山笠 | 雷電天下無双誉 | らいでんてんかむそうのほまれ | 中村弘峰 |
三 | 大黒流 | 舁き山笠 | 勇猛漢周而不比 | ゆうもうのかんしゅうにしてひず | 西山陽一 |
四 | 東流 | 舁き山笠 | 渾是胆安宅之忍 | すべてこれたんあたかのにん | 白水英章 |
飾り山笠 表 | 源九郎義経伝説 | みなもとのくろうよしつねでんせつ | 白水英章 | ||
飾り山笠 見送り | 源九郎義経伝説 | みなもとのくろうよしつねでんせつ | 白水英章 | ||
五 | 中洲流 | 舁き山笠 | 八風吹不動 | はっぷうふけどもどうぜず | 溝口堂央 |
飾り山笠 表 | 五条牛若丸弁慶 | ごじょうのうしわかまるとべんけい | 中村信喬 | ||
飾り山笠 見送り | 浦島太郎噺 | うらしまたろうばなし | 溝口堂央 | ||
六 | 西流 | 舁き山笠 | 御名應稱倭建命 | みなはまさにやまとたけるのみことと たたうべし | 西川直樹 |
七 | 千代流 | 舁き山笠 | 双神剛一志 | そうじんつよきこころはひとつ | 川﨑修一 |
八 | 上川端通 | 飾り山笠 表 | 源頼政鵺退治誉 | みなもとのよりまさぬえたいじほまれ | 田中勇 |
飾り山笠 見送り | 出雲之阿国 | いずものおくに | 田中勇 | ||
九 | 博多リバレイン | 飾り山 表 | 西国無双忠節誉 | さいごくむそうちゅうせつのほまれ | 生野四郎 |
飾り山笠 見送り | 天晴桃太郎 | あっぱれももたろう | 生野四郎 | ||
十 | 天神一丁目 | 飾り山 表 | 天神縁起傳 | てんじんえんぎでん | 中村信喬 |
飾り山笠 見送り | 清涼殿落雷 | せいりょうでんらくらい | 白水英章 | ||
十一 | 渡辺通一丁目 | 飾り山 表 | 新選組風雲録伝 | しんせんぐみふうんろくでん | 中野親一 |
飾り山笠 見送り | 愛と勇気のアンパンマン | あいとゆうきのあんぱんまん | 中野浩 | ||
十二 | 福岡ドーム | 飾り山 表 | 奪取 玄海鷹 | だっしゅ げんかいたか | 中野浩 |
飾り山笠 見送り | 決闘巌流島 | けっとうがんりゅうじま | 川﨑修一 | ||
十三 | 博多駅商店連合会 | 飾り山 表 | いざ、鎌倉 | いざかまくら | 白水英章 |
飾り山笠 見送り | 報道ワイド記者のチカラ | ほうどうわいどきしゃのちから | 田中勇 | ||
十四 | キャナルシティ博多 | 飾り山 表 | 弁慶衣川大奮戦 | べんけいころもがわだいふんせん | 川﨑修一 |
飾り山笠 見送り | 浦島太郎竜宮縁 | うらしまたろうりゅうぐうのえにし | 室井聖太郎 | ||
十五 | 川端中央街 | 飾り山 表 | 京牛若丸伝 | きょううしわかまるでん | 中野親一 |
飾り山笠 見送り | 来年開催!世界水泳福岡 | らいねんかいさい! せかいすいえいふくおか | 中野浩 | ||
十六 | ソラリア | 飾り山 表 | 剣撃大蛇素戔嗚尊誉 | けんげきだいじゃすさのおのみことのほまれ | 置鮎正弘 |
飾り山笠 見送り | 一飄風造御笠森 | いちひょうふうみかさのもりをつくる | 小嶋慎二 | ||
十七 | 新天町 | 飾り山笠 表 | 望天下哉賤ヶ岳 | てんかをのぞむやしずがたけ | 小副川太郎 |
飾り山笠 見送り | サザエさん | さざえさん | 小副川太郎 | ||
番外 | 櫛田神社 | 飾り山笠 表 | 義経千本桜 | よしつねせんぼんざくら | 中村信喬 |
飾り山笠見送り | 怪童金太郎 | かいどうきんたろう | 中村弘峰 |
飾り山笠
人形師が意匠を凝らした人形を10~15mにもなる高さに飾り付けて
7月1日に公開されます。
15日未明までで、期間が過ぎると崩されます。
櫛田神社はそのまま、上川端通は、上川端商店街内のぜんざい広場に移して
通年飾られます。
天神一丁目は、8月以降九州国立博物館(太宰府市)に移して披露されます。
八番山笠 上川端通 「走る」飾り山笠



飾り山笠の中で唯一実際に走るのが、上川端通の八番山笠です。
昭和39(1964)年に登場。
以来12日の追い山笠慣らしと15日追い山笠で、
櫛田神社からコース途中の東長寺前までを走ります。
九番山笠博多リバレイン


十三番山笠 博多駅商店連合会(JR博多駅博多口)




十五番山笠 川端中央街


十六番山笠 ソラリア


十七番山笠 新天町


番外 櫛田神社


1年中飾り山笠を見学できるのはここだけ。
神様が7月15日に帰ると同時に山笠も解かれます。
他の山笠より1日早い6月30日にご神入れする。
博多祇園山笠スケジュール(主な行事)
博多祇園山笠は、毎年日付固定で開催されています。
7月1日<早朝>注連下ろし
祭り初日に舁き山笠の流区域を清める行事。
町の角々に笹竹を立て、注連縄を張り、竹で作った”素朴”な御幣を添えます。
櫛田神社の神官が祝詞をあげ、祭り期間中の安全を祈願します。
恵比須流だけは一ヶ月早く、6月1日に実施。
これは明治中期まで旧暦でお祭りをしていた名残です。
7月1日<朝>ご神入れ
山笠に神を招き入れる神事。商店街などに建つ飾り山笠が先行します。
櫛田神社の神官がスケジュールに沿って各山笠を回って催行。
これが済むと、山笠は一般に公開され、祭りらしい雰囲気となります。
一方の舁き山笠のご神入れは6、7日頃行なわれます。
7月1日<夕方>当番町お汐井とり
当番町お汐井とり#博多祇園山笠#お汐井とり#筥崎宮 pic.twitter.com/miOcQgxvc5
— 筥崎宮@公式 (@hakozakigu_offi) July 1, 2022
その年、各流の当番長になった町の面々(流当番のところは流役員)が、
一足先に箱崎浜まで駆けて行き、(むろん、法被に締め込み姿)
清めの砂「汐井(真砂)」を小さな升やテボ(竹ヒゴで編んだかご)に入れて
身を清め、持ち帰る。
7月9日<夕方>全流お汐井とり(おしおいとり)







1日の夕方の当番町お汐井とりと趣旨と行動はほぼ同じであるが、
各流の全舁き手が揃うため圧巻。本番前の足慣らしと言ったところでしょうか。
今年の一番山笠が石堂橋を午後5時半に渡り、その後、各流が順に石堂橋を渡って、
午後6時頃から箱崎浜に到着。
沈む夕日に柏手を打って安全を祈願します。
清めのお汐井(海砂)を竹製のテボや升などに入れて持ち帰ります。
帰路は筥崎宮、櫛田神社に参拝します。
7月10日<夕方>流舁き(かき)

いよいよ舁き山笠が登場。それぞれの流区域内を舁き回ることからこの名がついた。
舁き出し時刻は流ごとに異なる。
7月11日<早朝>朝山笠

これも流舁きであるが、早朝に町総代や旧役員を呼んで接待するところから祝儀山とも呼ばれる。
招かれた総代らは帷子(かたびら)に角帯を締めて出席。
台上がりは白麻の半纏(はんてん)を着用するのが慣わし。
また、子どもたちもこの日だけは
山笠の「杉壁(すいかべ)」内に乗せてもらうことができる流もある。
7月11日<夕>他流舁き

1日2回舁くのはこの日だけ。流の外に出るところからこの名となっています。
櫛田神社の清道を回る「櫛田入り」の練習をする流もあります。
7月12日<午後3時59分>追い山笠ならし
文字通り追い山笠のリハーサル。
一番山笠から順次「櫛田入り」して奈良屋町角の廻り止め(ゴール)までの
本番より1km短い約4kmのコースを七流が全力で舁きます。
一番山笠は追い山笠同様、「櫛田入り」の際、
山笠を止めて「博多祝い唄」を歌うことが認められています。
「櫛田入り」「コース」とも所要時間を計測しますが、タイムレースではありません。
7月13日<午後3時30分>集団山笠見せ
集団山笠見せは、舁き山笠が博多を出て福岡部(市内中心部)に入る唯一の行事です。
明治通りの呉服町交差点~天神(福岡市役所)間約1.3kmが「舞台」となっています。
この日に限り、知名士が台上がりを務め、
棒さばき役の各流総務ともども舁き手を叱咤激励します。
往路復路がありますが、復路(帰り)の方が観客が少ないので、ゆっくり見れます。
7月14日<夕方>流舁き

経験の浅い舁き手にとっては、その年、山笠が舁ける最後のチャンス。
なぜなら追い山笠では、慣れた若手やベテランの舁き手が交代で山笠に付くため。
「櫛田入り」の練習をする流もあります。
7月15日<午前4時59分>追い山笠
祭りのクライマックス。
午前4時59分、今年の一番山笠が大太鼓の合図とともに「櫛田入り」。
「祝いめでた」を歌い終えると、手拭を頭に締め直し博多の町へ飛び出す。
5時5分に二番山笠、その後5分おきに七番山笠まで順に舁きだし
境内を出て旧博多部に設けられた約5kmの「追い山笠コース」を
須崎町の廻り止め(ゴール)を目指して懸命に舁きます。
「櫛田入り」「コース」ともに所要時間を計測。
7月15日<午前6時頃>鎮めの能
櫛田神社の能舞台では午前6時から荒ぶる神様に捧げる「鎮めの能」が演じられます。
かつては博多七流のうち、順番で一流が山笠の奉納をやめてこの任に当たっていたが、
明治38年の雷鳴紛争で山笠行事を中止した福神流が大正2年以降「能当番」を引き受けていた。
昭和39年(1964年)元々8ヵ町だったのが3ヵ町に減ってしまったため継続できないとし、
能当番を返上した。
現在は宮総代が能当番を務めている。
博多祇園山笠見物注意点
水注意
走っている山笠にはあまり近付かないようにしましょう。
舁山が走るとき、沿道からは「勢水(きおいみず)」と呼ばれる水が豪快に振り撒かれます。
山笠と舁き手を清めるという意味で、「清水(きよいみず)」とも呼ばれる。
自分が濡れるのはOKですが、カメラ、スマホ等注意です。
ビニール袋やカメラ用の防水ケースなど、「水」対策をお忘れなく。
飲料水確保
ここ最近夏は非常に暑い。
お茶、お水など飲料水はマイ水筒持参をおすすめします。
人が多いと、コンビニ、自販機も混みます。場合によっては売り切れも。
最低限の飲料水は持参しましょう。
>>【水筒 サーモス 500ml おすすめ】お気に入りの水筒を持ち歩こう
博多祇園山笠ミニ知識
博多祇園山笠の縁起菓子祇園饅頭


博多には、7月1日~15日限定発売の縁起菓子があります。
それが「祇園饅頭」。櫛田神社の神紋を配したシンプルなお饅頭です。
鈴懸(すずかけ)、石村萬盛堂等で販売されています。
祇園宮の紋を食べないように商品に焼印せず、包装に紋が入っている。
お店だけでなく、飾り山笠の近くでも販売されていることが多いです。
見かけたら一度食べてみて下さいね。
山笠のタブー(山笠の断ちごと)
博多祇園山笠は、山笠を神様に奉納する神事です。
博多祇園山笠に参加する人は、山笠期間中に守らなければならないことがあります。
山笠期間中、山笠の男達は「胡瓜断ち」「女人断ち」があります。
胡瓜断ち

キュウリの断面が櫛田神社の紋に似ていることから山笠に関わる人たちは、
山笠期間中はキュウリ断ちをします。
輪切りにしたキュウリの切り口が、
山笠の祭神・祗園神(スサオノミコト)のご神紋である木瓜(ぼけ)の花に似ている所から
由来すると言われています。
そして山笠期間中は、博多の小中学校の給食にもキュウリが入っていないし
八百屋さんでも胡瓜が売れないそうです。
女人断ち
山笠行事の開始となるお汐井取り(一番山笠は7月1日、その他の流は7月9日)で身を清めます。
身を清めた後から山笠の奉納が済む15日まで、山笠に出る男たちは女性との接触を避けます。
博多手一本
「博多手一本」とは博多での締めの作法。
年長者や会のリーダーが指名され、参加者の前に立つ。
全員が立ち上がり、体の前で手を打つ態勢になると、「手ば入れまっしょ」と声を掛ける。
#「よーお」(シャン、シャン)
#「もう一つしょ」(シャン、シャン)
#「よーと三度(祝うて三度)」(シャシャン、シャン)
会合で結論が出ていれば「後日、異議はありません」の約束でもある。
宴席や大きな会合の場合は、この前に「博多祝い唄」の唱和となる。
これで宴会や会合はお開き。
博多祇園山笠交通規制
お問い合わせ
問い合わせ先:博多祇園山笠振興会
博多祇園山笠を見るには
一番迫力があるのは、7月15日追い山笠。(午前4時59分スタート)
一番お勧めなのは、7月13日集団山笠見せ。(午後3時30分から)
博多駅前か天神周辺に宿をとると行動しやすいです。
ツアー
お勧めの宿泊施設
西鉄ホテルクルーム博多祇園 櫛田神社前
2023年4月12日グランドオープン。
福岡市営地下鉄七隈線櫛田神社前駅(R5年3月開業)より徒歩1分の好立地。
HOTEL GREAT MORNING
タオルの生地から、ベッド、そして空気まで、最高の朝を迎えるためにこだわりを追求したホテル。
ホテルオークラ福岡
言わずと知れた有名ホテル。地下鉄-中洲川端駅直結。どんたくや山笠見るならここでしょう。
>>博多駅博多口周辺ならこちらから
博多祇園山笠まとめ

平家物語の「祇園精舎」は、古代インドのコーサラ国の首都シュラーバスティー(舎衛城)郊外にあった仏教の寺院を指します。
釈迦とその教団のために建てられた僧坊。
祇園精舎の守護神であるインドの神様が「牛頭天王(ごずてんのう)」。
これに従来の「スサノウノミコト」が合併し、同一視されるようになりました。
牛頭天王もスサノオも行疫神(疫病を思いのままに起こし、また疫病から守ってもくれる神様)とされていて、行疫神を慰め和ませることで疫病を防ごうとしたのが祇園信仰の原形。
日本三大祇園祭は、祇園祭(八坂神社)、博多祇園山笠、会津田島祇園祭と言われています。
「博多祇園山笠」は、舁き山笠、絢爛豪華な飾り山笠とともに福岡の夏を彩ります。
7月1日~7月9日は飾り山笠を、7月10日~7月15日は舁き山笠をお楽しみ下さい。
・ブロガー:2021年9月ブログ開設
・趣味:旅行(国内・海外)、食べ歩き、写真撮影
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